科学者や研究開発に携わるエンジニアは実験時のメモや記録に顔料性の筆記具(*1)を使っているかと思います。
ところが身近な筆記具で描いた線には導電性のものもあり、場合によっては電子機器のトラブルの原因となります。
宇宙船や宇宙基地においてグラファイト鉛筆の使用が禁止されているのは、それが深刻な事態を引き起こしかねないからです。(*2)
因みにアポロ計画以前の昔に無重力下で使える非導電性の筆記具として、日本のぺんてるの水性染料(*3)のサインペンが NASA に採用されたのは有名な話です。
ということで、身近な筆記具で描いた線の導電性を2,3調べてみました。 比較用に鉛筆(HB)と製図用顔料インクで描いた線の導電性も調べています。
筆記具で描いた線の導電性(L≈10mm, 0.4≤W≤0.7mm, Ta=25℃)
測定器 : Hioki DT4828 及び Keysight technology 34461A
いやぁ、グラファイト 極悪ですね。製図用インク も遜色ないです。
中途半端な伝導度を示している Pilot, Juice up ですが、抵抗を測っていると時間とともにゆっくりと低下していきます。約2時間の乾燥後には 1/3近くにまで低下していました。
同樣に、一見絶縁的かと思われていた Staedtler, Pigment Liner ですが約2時間後には 僅かですが導電性に変化していました。
ゲルインクの Mitsubishi pencil, Uni-ball Signo ですが、ゲルが絶縁的に作用しているのか乾燥後にも絶縁性が維持されていました。
三菱鉛筆, ユニボール シグノ 極細 0.38mm 黒 が耐水性・耐光性及び非導電性の観点から、科学・技術者の実験・記録用には最適でした。
奇しくも、掠れず滲まずはっきり書けて書き味も良くてと、私が普段愛用しているものと同じということになりました。
これで、Signo から金属部分が完全に無くなれば、強電磁界環境や電子回路の近くでも使える最強の科学技術用筆記具になれるんだけどなぁ。
筆記具メーカーのニッチな商品の開発力に期待してます。
それは四半世紀以上昔、1985年頃の話。
ある夏の日、今となっては古の配線技術 — ワイヤーラッピングで試作された電子回路が誤作動するという事があった。
カードケージに収まっている試作回路のボードを調べていると、ラッピングソケットの間に、コイケヤのカラムーチョが挟まっていた。
どうやらこれが湿気って導電性を生じて誤作動(*4)を引き起こしたらしい。
誰かがこっそりとデバッグ中の夜のおやつに食べたのが実験机に落ちて、その上に実験中のボードを置いて刺さって挟まったに違いないという話になった。
そういえば当時東京近郊の遊園地の宇宙空間を走り抜けるような趣向のローラーコースターでも、その制御卓の隙間からお菓子とかがこぼれ落ちて…なんていう話を聞いたこと←がある。
そうこうして、私達は電子回路の不良動作箇所を探るのをハーバード(*5)に倣ってというわけではないが、「デバッグ」と呼ばず「デカラムーチョ」と呼んでいたことがあったのだった。
そして、つい先日(前述の)筆記具で描いた線の導電性を調べてたら、当時の同級生の Fusaaki さんから、
「カラムーチョの導電性もヨロ。」とリクエストがあって、33年後の今日、カラムーチョの導電性を測ってみたのだった。
ラッピングポストに刺さったカラムーチョの導電性 (4 × 2.54 mm ピッチ, 湿気った時)
カラムーチョは私が電子技術のプロになった頃に発売されて以来のロングセラー。
私もこれからも頑張っていこうと思う。
ビバ、カラムーチョ。
*1 : 顔料性の筆記具は、書いたものが容易に消せないため主に改ざんを防ぐという目的と、
耐水性・耐光性に優れていて水や溶剤に濡れた場合にも記録を失いにくいという理由から、研究・開発の現場で広く用いられている。
*2 : 成層圏以上の極低気圧環境においては、鉛筆の粉塵間の僅かな距離でも放電が発生し、また太陽電池やバッテリーの直流電源では消弧出来ないため酷い事故につながる恐れがある。
*3 : 宇宙船内で水性染料が使えたのは、もし液体の水がその辺に溢れるようなことあれば、それはもう既に大惨事だからか。
*4 : 今となっては確証は無いが、恐らく導電性と容量増加が DRAM の RAS/CAS タイミングのずれを引き起こしたのではないかと思案している。
*5 : Software bug